19世紀のフランス新古典主義の画家ドミニク・アングルが描いた作品。
「グランド・オダリスク」
発表当時、伸長されたプロポーション、不自然な体つきから多くの批判をあびました。
ドミニク・アングル
フランス南西部生まれで、新古典派の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドに入門します。
早くから才能を見出され、若手画家の登竜門であったローマ賞を受賞し、国費でイタリアへ留学。
留学期間終了後もイタリアに滞在し、18年間、ローマやフィレンツェで創作活動を続けました。
「自画像」
(1804年)
24歳の時の自画像です。
長いイタリア滞在後、1824年にフランスのサロンへノートルダム大聖堂祭壇画「ルイ13世の誓願」を出品。
この作品によって、アングルは社会的名声と新古典主義のリーダーの地位を得ます。
「ルイ13世の誓願」
(1820-1824年)
グランド・オダリスク
この作品は、1814年、ナポレオンの妹のナポリ王妃から依頼を受けて制作された作品です。
ナポレオン失脚により、作品はアングルの手元に残ります。
その後、イタリア留学の成果としてパリで作品を公開しますが、ゆがめられた体の表現は、多くの批判を浴びます。
「グランド・オダリスク」
(1814年)
発表当時、不自然なプロポーションは、アングルの誤った作風とされました。
しかし、アングルは、故意に背中と腕の線が長くなるよう線を引きなおし、女性の姿を優美に表現するため故意に不自然なプロポーションとしたことが分かっています。
東方とラファエロへの憧れ
オダリスクとはオスマン帝国のハーレムに仕える女性の事を指します。
当時、ナポレオンのエジプト遠征の影響もありイスラム世界の関心が高まっていました。
アングルも自身は訪れたことはないものの、イメージをもとに作品を制作したと思われます。
※ターバンと孔雀の羽は異国情緒を表す小道具として描かれています。
アングルは、画家としてラファエロをとても尊敬しており女性の顔の表現は、ラファエロの影響を強く受けたものとなっています。
「ヴェールを被る婦人の肖像」
(1516年)
ラファエロ・サンッオの作品
アングルは、デッサンを非常に重視していた為、色彩や明暗より形態に重点を置いて創作活動をおこなったようです。
「グランド・オダリスク」は、人体の比率とは全く異なり、胴が長く描かれていますが、アングルが自然を模写するよりも、自身の美意識に忠実に描くことを重視した結果と思われます。
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