灰色の枢機卿とは、現在のフランスでは影の実力者や黒幕的な人物のことを指す言葉として使われています。
16-17世紀にかけて、ルイ13世の宰相として活躍したリシュリュー枢機卿の腹心で助言者であったフランソワ・ルクレール・デュ・トランブレーが灰色の枢機卿と呼ばれていました。
歴史画を多く制作したジャン=レオン・ジェロームは、作品中の修道士がリシュリュー枢機卿を描くことなく灰色の枢機卿と呼ばれたトランブレーであることが直ぐにわかるよう表現しています。
灰色の枢機卿
「灰色の枢機卿」
(1873年)
質素な服装をして読書をしながら階段を下りてくる修道士に対して、着飾った貴族たちが帽子をとって深々とお辞儀をしています。
修道士は、貴族たちを気にも留めていない様子で、修道士が大きな権力をもっているのが伺えます。
踊り場に大きくかかっているタペストリーの紋章の人物が、この修道士の後ろ盾であることを示しています。
紋章は、リシュリュー枢機卿の紋章で当時、ルイ13世の宰相として大きな権力をもっていた人物です。
リシュリュー枢機卿の紋章
「リシュリュー枢機卿」
(1633-1640年)
モデルの人物
修道士フランソワ・ルクレール・デュ・トランブレーはリシュリュー枢機卿の腹心、助言者として政治に深くかかわり、リシュリュー枢機卿の権力が大きくなるとともに彼の権力も大きくなっていたようです。
公的な地位などにつくことなく、リシュリュー枢機卿を通して強い影響力を持ったことから「灰色の枢機卿」と呼ばれたようで、現在のフランス語で影の実力者、黒幕という意味の「灰色の枢機卿」の語源となったとされています。
リシュリュー枢機卿の傍には常に彼がいたようで、他の作品でも二人の様子が描かれています。
「ラ・ロシェル包囲戦を指揮するリシュリュー枢機卿」
(1881年)
手前にいるのがリシュリュー枢機卿、奥にいる修道士たちで肘をついているのが灰色の枢機卿ことトランブレーだと思われます。
「ラ・ロシェル包囲戦を指揮するリシュリュー枢機卿」の作者アンリ・ポール・モットはジャン=レオン・ジェロームの弟子だった人物です。
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